平成21年3月 静岡

 清見寺(せいけんじ)

静岡県静岡市清水区興津清見寺町418-1

清見寺は、静岡県静岡市清水区にある臨済宗妙心寺派の寺院です。
巨鼇山(こごうさん) 清見興国禅寺と称します。

寺伝では奈良時代の創建と伝え、鎌倉時代に禅寺として復興し、足利尊氏や今川義元の帰依を受けて繁栄しました。

室町時代、清見寺山頂に利生塔を建立され、室町幕府は清見寺を官寺と定め、「全国十刹」とし保護しました。

徳川家康が今川家に人質としてあった頃、当寺の住職太原雪斎(たいげんせっさい)に師事し、当寺で勉強していたといいます。
山門と境内の間を、東海道線が通過し、分断しています。
   江戸時代には徳川家の庇護を受けたほか、東海道の目の前にあることから、朝鮮通信使や琉球使の接待がここで行われました。

広島県福山市鞆町にある福禅寺、岡山県瀬戸内市牛窓町にある本蓮寺と共に朝鮮通信使遺跡として国の史跡に指定されています。

清見寺は、駿河湾を望む風光明媚な高台にあり、室町時代には雪舟が、明治時代には夏目漱石や高山樗牛、島崎藤村が訪れています。

清見寺庭園
国の名勝に指定されています。
庭園は江戸時代の初期、山本道斉の作庭です。
家康もこの庭園を愛し、駿府城から虎石、亀石、牛石を移して配したとされています。
庭園は方丈と書院の裏に、背景の山を利用して作られた、書院風池泉観賞庭園です。
家康が読み書きしていた「手習の間」
仏殿
天保十三年(1842)の再建。
仏殿を上から見ました。
大きな伽藍です。
五百羅漢石像
 天明年間(1781〜1788)の彫造。
一体一体、顔が違いますね。

  臨済寺(りんざいじ)

臨済寺は、静岡市葵区大岩町にある臨済宗妙心寺派の寺院です。
駿河の戦国大名・今川氏の菩提寺で、賤機山(しずはたやま)の麓にあります。

 今川氏親が亡母の北川殿の別荘のあった処に三男承芳(後の義元)為に建てた寺が善得院です。

今川氏第9代氏輝(氏親の子)が天文5年(1536)24才で亡くなり、三男である弟・承芳が還俗して10代今川義元となり、氏輝の法名が「臨済寺殿」といった関係から善得院から臨済寺と改めました
仏殿
平成9年竣工
大寺という雰囲気があります。
山桜が背後の山に咲いていました。
本堂
国の重要文化財に指定されています。
 
 長慶寺(藤枝市)

長慶寺は今川氏3代目の今川泰範が開いた寺です。
かわいい犬です。
あまり吠えません。
戦国時代、太原崇孚雪斎により臨済宗の寺院となりました。
雪斎は長慶寺で老後を過ごしたと伝えられています。
今川泰範の五輪塔と共に雪斎の無縫塔が残っています。

左側の五輪塔が泰範の墓で、右側の無縫塔が雪斎の墓と伝えられています。
長慶寺 本堂
 
 慶寿寺 島田市

慶寿寺は、興国6年(1345)今川範氏が開山したと伝えられています。

今川2代範氏が遠江、駿河の守護職を与えられたころ東進して、ここに居城と居館を設け、寺は、その城址に建てられたといわれます。

範氏は、父範国とともに足利尊氏の命を受け、南朝方と戦い数々の武勲をたて、駿河国の南朝勢力を、壊滅近くまで追い詰めました。
中央の大きな宝篋印塔が範氏の墓といわれています。
もう、桜が咲いています。
静岡は、暖かいのでしょうか。
今川城址の木柱があります。