平成21年5月1日

西国第三十番 巌金山 宝厳寺 (がんこんざん ほうごんじ)



開基  行基
創建 神亀元(724)年
本尊 千手千眼観世音菩薩
宗派 真言宗豊山派
 住所 滋賀県東浅井郡びわ町早崎竹生島1664
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平安時代には天台宗の僧が来島し、天台宗の修行の場として繁栄しました。
天皇も行幸し、また伝教大師、弘法大師など来島修行されたと伝えられています。

永禄元年(1558年)には堂塔はことごとく焼失したといいます。

慶長7年(1602)には、太閤の遺命により、豊臣秀頼が豊国廟より桃山時代の代表的遺構である観音堂や唐門などを移築させています。

明治時代、この島は大きく変化し、当山より都久夫須麻神社(竹生島神社)が分かれました。古来、現在の神社本殿を当山は本堂とし、本尊大弁才天を安置しておりましたが、

明治元年(1868)の神仏分離令により、宝厳寺と都久夫須麻神社(竹生島神社)に分かれました。お寺の本堂を都久夫須麻神社に明け渡しています。

   外界と閉ざされた島なので、送電線は当然無く、自家発電で電気を発生させています。

船着き場から、紅白の布紐が、観音堂まで繋がっています。
  まず、上陸して早速、宝厳寺の観音堂へ向かいます。
   

観音堂には、国宝 唐門があります。   
   
唐門、観音堂ともに、豊臣秀頼により、豊国廟から移築したもので、桃山時代の代表的な建築物とされています。
唐門には、豪華な装飾が施されています。黒漆でしょうか。
ご本尊 秘仏 千手千眼観世音菩薩は、60年に1度の開扉です。
なかなかお目にかかれない。

内陣へと入り、拝ませていただきました。
1.8mぐらいの高さがあるそうです。
お前立ちの観音様より大きい。

目は閉じ、優しげなお顔をされています。

金箔がきれいに残っており、二本、錫杖(しゃくじょう)のようなものをお持ちです。
お目にかかれ、ありがたいことです。眼福でした。
こちらは、お前立ち観音様のポスターです。

観音堂も国重文です。
 入母屋造檜皮葺き。傾斜地に建つため、床下に長い柱を立てて支える懸造(かけづくり)となっています。
宝厳寺 本堂(弁才天堂)
本尊弁財天を祀る宝厳寺 本堂です。
船着き場からの石段を真っ直ぐに上りきった高台に建っています。寺内最大の建物。1942年に平安時代様式で新築されました。
弁財天像
ご本尊の弁財天も秘仏です。
弁財天像は何体もあるようで、弁財天像が礼堂にいらっしゃいました。
モチの木
樹齢約四百年

片桐且元が、国宝観音堂の普請奉行として来島の時、手植えした記念樹です。
三重塔
近世に焼失して以降長らく失われていた塔で、平成12年に再興されたものです。
朱塗りもきれいです。
船廊下
宝厳寺観音堂から舟廊下を渡ると都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)にでます。
  宝厳寺観音堂と都久夫須麻神社を結ぶ屋根付きの廊下です。
豊臣秀吉の御座船の用材を用いて建てたという伝承から、船廊下と呼ばれています。 
都久夫須麻神社の本殿 国宝
元々は、宝厳寺と一体だったのですが、明治の神仏分離令により、それぞれ分かれてしまいました。
竜神拝所
滞島時間、1時間15分で、船に乗り、今津港へ帰りました。

今日も満足した一日でした。