平成21年10月12日 月曜日
2泊3日の旅の3日です。山形市へ来ました。
山形へ来たなら、山寺を訪れねばなりません。

 立石寺(山寺)

10月12日です。季節は秋となり、蝉は鳴いていません。
観光客が多く賑やかです。

山寺とは愛称であり、「宝珠山 立石寺」(ほうじゅさん りっしゃくじ)というのが正式名です。

平安時代前期860年、清和天皇の命により、比叡山・天台宗の高僧の慈覚大師により開山された霊場です。東北仏教界の中枢となりました。
立石寺の階段を登っていきます。
立石寺 根本中堂(国重要文化財)
まず、迎えてくれるのが、根本中堂(国重要文化財)です。

堂内には、千年以上の昔から絶やさず灯された不滅の法燈があります。
これは比叡山から分火されたものです。

後に、比叡山が織田信長により焼き討ちされ、比叡山の伽藍は灰燼に帰しました。

再建された比叡山 根本中堂には、この立石寺の法燈から分火されました。
いきなり、根本中堂があったの拍子抜けしたのですが、奥の院へ向います。
道の左側に、松尾芭蕉さん、曾良さんの銅像があります。

手前の方が曾良さんです。
320年も前にここへ来られたのですね。
山門で入山料を払い、これからが長い階段の始まりです。
奥之院まで八百余段の石段を、一段一段登ることによって、煩悩が消滅され、幸福になれるとされています。
石段を、ひたすら登ります。

ずっと深い木立のなかを登っていきます。
ちょうどよい気候で、汗はかきません。
石段の脇をふと見ると、西国三十三所の写し本尊の石仏がありました。
第一番 那智山 如意輪観世音菩薩です。
登るごとに、一番から三十三番まで続いており、登る励みになりました。
デジカメで写真を撮りながら、休み休み登っていきます。


せみ塚
松尾芭蕉が山寺で読んだ句をしたためた短冊をこの地に埋め、石の塚をたてたもの。

人が多く、道幅も狭いので、自分のペースで登れません。
仁王門

左右には仁王尊像が安置されています。

この先から頭上が開け、下界の眺めがよく見えるようになります。
納経堂

写経を納める納経堂で、山内で最も古い建物です。
開山堂

立石寺を開いた慈覚大師のお堂で、大師の木造の尊像が安置されており、現代でも、僧侶が朝夕、食飯と香を供えてお勤めしているとのこと。
五大堂
五大明王が安置されています。
堂の舞台からの景色の眺めは素晴らしく、山寺随一の展望台となっています。
けっこう高い所まで登ってきています。
やっと、奥之院まできました。

奥之院
ここまで、約30分ぐらいでしょうか。
秋で気温が低いため、比較的楽でした。

奥之院まで登っても、私の煩悩は消えないようです。

松尾芭蕉さん、よくぞ江戸からここまで歩いてきたものです。
自分の足で歩いたきたのですから、足を含め体が丈夫です。

下山して、その後、山形城へ向いました。