平成21年12月27日
12月末、今年の仕事を終え、岩手県平泉へやって来ました。

 毛越寺
 毛越寺は、「もうつうじ」、「もうつじ」と読みます。なかなか、そうは読めません。
 毛越寺は、慈覚大師円仁の開山で、藤原氏二代基衡から三代秀衡の時代に多くの伽藍が造営されました。
 最盛期には、堂塔40僧坊500を数え、中尊寺をしのぐほどの規模と華麗さであったといわれています。
 しかし、源頼朝の奥州攻めにより、藤原氏は滅亡しました。
 藤原氏という保護者を失い、度重なる災禍に遭いすべての建物が焼失してしまいました。

 現在、浄土庭園と平安時代の伽藍遺構がほぼ完全な状態で保存されており、国の特別史跡・特別名勝の指定を受けています。
亀島と出島
大泉ヶ池

 広大な池泉です。
 降った雪が池の上の方に残っているようです。
築山
 水面より約4mの高さに築かれています。
 作庭記に書かれている「枯山水の様」の実例と言われています。
亀島と出島
開山堂

 毛越寺を開かれた慈覚大師円仁を祀るお堂です。
ところどころ雪が残っています。
寒いです。
大金堂 円隆寺跡
 二代基衡が建立した寺で、「吾妻鏡」によると「吾朝無双」と称えられるほど、万宝を尽くして造られた建物だったそうです。
 毛越寺の中心伽藍で、東西に翼廊が出て南に折れ、東廊先端には鐘楼が、西廊先端には経楼が附属していました。   
 本尊は、雲慶作の丈六の薬師如来。
 毛越寺の中心的な堂で、東西に廊がでて南に折れ、その先端に鐘楼、経楼があったといいます。  
遣水(やりみず)

 この遣水は、庭園の発掘調査中に往時の姿のままに発見されたもので、遣水の遺構は奈良の宮跡庭園を除いて、例が無く、平安時代の遺構として唯一のものです。
 遣水は、池に水を取り入れる水路であり、玉石を底に敷きつめ、流れには水越し、水切りの石、その他水の曲がり角や池への注ぎ口に石を配するなど平安時代の「作庭記」の様式を余すところなく伝えているそうです。
常行堂
 本尊は阿弥陀如来。
 新年の初詣の準備がされています。  
亀島と出島
亀島の石がかなり大きかったです。
池の中に埋もれている部分がありますから、かなり巨大な石なのですね。
門の礎石が残っています。
ここから、池に橋がかかっていたのです。
本堂
 平安様式の建物で、平成元年に建立されました。本尊は薬師如来で、平安時代の作です。本尊の脇士は日光・月光両菩薩、さらにその周りには本尊守護の四天王が安置されています。
非常に寒かったですが、冬でも見応えがある庭園でした。
ほかに観光客は少なかったです。