平成20年5月

 岩屋城(いわやじょう)跡
岩屋城は、筑前国御笠郡(福岡県太宰府市浦城)にあった山城です。四王寺山(標高410メートル)の中腹にあります。
mapion

築城は天文年間(1532年〜1554年)に大友氏の武将・高橋鑑種と伝えられ、立花城と共に大友家の筑前支配の拠点でした。

岩屋城を有名にしたのは、戦国時代末期の天正14年(1586年)、島津忠長率いる島津軍と大友軍の高橋紹運との壮絶な攻防戦(岩屋城の戦い)です。 高橋紹運は、立花宗茂の実父です。

天正14年(1586年)7月、関白秀吉の九州襲来を阻まんとする島津氏が総勢2万にも及ぶ大軍で攻め寄せました。高橋紹運は、7百余名と共に岩屋城籠城します。

岩屋城跡の駐車場は無いので、ちょっと登り坂の先、路肩のスペースがある所に車を駐車します。
城入り口から、10分足らずに本丸跡まで登れます。
2週間の間、島津軍に頑強に抵抗したものの、各出城や砦が次々と陥落。
城主高橋紹運自ら薙刀を取り敵中に入るも力尽く。
敵陣に矢止めを乞うたのち高櫓の上に登り自害。残された将兵もあとを追い玉砕、天正14年7月27日落城。
紹運の辞世の歌は、「屍をば岩屋の苔に埋みてぞ 雲居の空に名をとどむべき」
ゴールデンウィークに来ましたが、城跡には誰もいません。
本丸跡からは、太宰府市の市街地がよく見渡せます。
 高橋紹運の墓
岩屋城跡を下り、道路に戻ります。
反対側に、高橋紹運墓所に行く道があります。
ツツジがきれいです。
しばらく山道を下っていくと、お墓の塀が見えてきます。
高橋紹運の墓所です。

水城 → 岩屋城跡 → 大野城跡 → 観世音寺 → 清水寺